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神戸地方裁判所尼崎支部 平成8年(ワ)1085号 判決

原告 X1

原告 X2

右両名訴訟代埋人弁護士 横清貴

被告 安田火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 安藤猪平次

同 模泰吉

主文

一  被告は、原告X1に対し金一〇三三万三九五六円、原告X2に対し金五一六万六九七八円及びそれぞれに対する平成七年三月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告X1に対し金一〇三三万三九五六円、原告X2に対し金五一六万六九七八円及びそれぞれに対する平成七年一月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事実の概要

一  本件は、火災によって自宅の一部を焼失するなどした原告らが、火災保険契約に基づき、保険会社である被告に対し保険金を請求したところ、被告が原告らの損害は地震免責条項に当たるとして、原告らの請求を争った事案である。

二  争いのない事実

1  原告らは、平成五年七月五日、被告との間で、別紙物件目録〈省略〉の自宅(以下「本件家屋」という。)について、次の住宅金融公庫特約火災保険契約を締結した。

保険期間 同月一一日から平成一〇年七月一一日まで

保険金額 三五〇〇万円

保険の目的 本件家屋

2  右火災保険契約では、地震によって生じた損害(地震によって発生した火災が延焼又は拡大して生じた損害、及び発生原因のいかんを問わず火災が地震によって延焼又は拡大して生じた損害を含む。)に対しては保険金を支払わないと定めている(住宅金融公庫融資住宅等火災保険特約条項二条二項。以下「地震免責条項」という)。

3  平成七年一月一七日午前五時四六分、いわゆる阪神大震災が発生した。

4  その翌々日である同月一九日午後六時ころ、本件家屋の三階北側和室付近から出火し、三階部分約四七・四〇平方メートルを焼損し、一、二階全体が消火活動の際の放水により汚損した(以下「本件火災」という。)。

5  原告らは本件火災により、合計一五五〇万〇九三四円(原告X1につき一〇三三万三九五六円、原告X2につき五一六万六九七八円)の損害を被った。

三  争点 本件火災の原因は何か。原告らの損害は地震免責条項に該当するか。

(被告の主張)

原告ら方の出火は、地震によって発生した「通電火災」であり、この火災が拡大して原告らの自宅が焼損などしたのであるから、原告らの損害は「地震によって発生した火災が拡大して生じた損害」に当たり、地震免責条項に該当する(ちなみに「通電火災」とは、地震により建物が歪むなどして電気配線が半断線状態になり、或は電気器具の電源コードなどが損傷し、電気の回復に伴い漏電・短絡等が生じて発火し、火災となったものをいう。)。

第三争点に対する判断

一1  証拠(乙一)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

イ 本件家屋も地震の折は、激しい揺れに見舞われ、家財が倒れ室内にものが散乱するなどの被害が出たが、幸い倒壊は免れた。

ロ 原告ら方の家族は、原告ら夫婦と母(当時八八歳)の三人暮しで、子供ふたりは留学などのため家を出ている。原告X1(当時五三歳)はアパート経営、原告X2(当時五〇歳)は近くの文化センターで手描き友禅を教えている。

ハ 地震前夜、原告X2は、二階の炬燵に入り深夜まで娘の着物に友禅の絵を描いて過ごし、三階北側の和室で一人で就寝した。この部屋は、原告X2が時々染色の作業に使っていた。翌朝、地震がおさまったころ、二階で寝ていた夫(原告X1)に声を掛けられ、原告X2は階下に降りた。一階に家族三人が集まり、六時ころ一旦は家の外に出たが、近所の人と一五分ぐらい立ち話をしただけで、また家に戻り、その日以降、ライフライン(電気・ガス・水道)が途絶えてはいたが避難所にも行かず、家族で自宅で過ごした。地震後、原告X2が階下に降りてから、翌々日(一九日)夕刻、本件火災が発生するまで、家族の誰も三階には上がっていない。

ニ 地震前夜、原告X2が三階北側和室で就寝した際、部屋の北側中央の辺り(原告X2の枕元近く)に、スイッチをオフにした電気ストーブが、コードの先端を部屋のコンセントに差し込んだまま置かれていたが、火災後、これが転倒した状態で、同じ場所から発見された。

ホ 地震後、送電は暫く停止されていたが、原告らの住む西宮市〈以下省略〉では、一月一九日(地震の翌々日)午後五時四〇分ころ、家庭への送電が再開された。

ヘ その後まもなく、本件家屋の三階北側和室から出火し、本件火災が発生した。西宮消防署では、関係者の供述や現場の焼燬状況から、火災の原因は、地震の揺れで電気ストーブが転倒し、その際、何かが電気ストーブに当たってスイッチがオンの状態となり、これに電気が通ったため発熱部分と接する畳が発火し、これが他のものに燃え移ったためであると判定している。

2  以上認定の事実によると、本件家屋の火災は、地震がなければ電気ストーブの転倒もなかったという限度で、地震との間に条件的な因果関係の存在を否定することはできない。

しかし、地震免責条項にいう「地震によって発生した火災」という要件は、単なる条件的な因果関係では足りず、地震と火災との間に相当因果関係の存在することが必要であると解されるから、社会通念上相当と認められる限度において、地震と火災との間の因果関係を肯定すべきである。

この見地に立って、いわゆる「地震火災」の因果関係を検討するに、空家や倒壊した家屋であればともかく、現に人の居住する普通の一戸建て家屋であれば、地震後二、三日もすれば、家人により目視できる範囲で屋内の危険箇所はひととおり点検され、それによってある程度火災の発生を未然に防止することが可能になることは、われわれの経験則に照らし明らかといわねばならない。すなわち、家人による安全管理がある程度可能になれば、その程度に応じて地震の影響は薄れていくのであり、家人が容易に危険を除去しうるのにこれを怠り、その結果火災が発生した場合は、社会通念上、この火災は家人の過失による失火と見るのが相当であり、地震によって発生した火災には当たらない(地震と火災との間に相当因果関係を肯定することはできない)というべきである。

これを本件について見るに、火災は地震後六〇時間(二日半)経過後に発生したこと、原告らはその間、僅かな時間を除き本件家屋に在宅していたこと、火元となった三階北側和室には電気ストーブがあって、そのコードがコンセントに繋っていることを、少なくとも原告X2は認識していたこと、これらの事実は前記認定のとおりである。そして、地震後火災発生までの間に、原告X2において電気ストーブの安全性を確認することが困難であった事情を窺わせる証拠は何ら存在しないから、原告X2が地震後二日半の間に電気ストーブの状態を確認し、これを起こし、スイッチをオフにし、コードをコンセントから外すなどの措置を取ることは容易にできた筈である。しかるに、原告X2がこれを怠ったため、送電の再開に伴い、倒れた電気ストーブに電気が通り、発熱部分と接する畳が発火し、これが火元になったというのであるから、本件火災は原告X2の単なる過失による失火と見るのが相当であり、地震と本件火災との間に相当因果関係を肯定することはできないというべきである。

そうすると、原告らの損害は地震免責条項に該当しないといわねばならない。

二1  保険金支払債務の履行期について

住宅金融公庫融資住宅等火災保険特約条項で準用する普通保険約款によると、火災保険金は、被告に火災で損害が生じたことを通知し、かつ、その三〇日以内に所定の書類を提出し、更にその日から三〇日以内に支払われることになっている(弁論の全趣旨)。

原告らは、本件火災の数日後(平成七年一月二二日まで)、に被告に対し火災で損害が生じたことを通知したが、地震免責条項の適用を巡って見解が分かれ、被告が所定の書類を交付しないため、これを提出できないでいる(弁論の全趣旨)。このような場合、所定の書類を提出しないので保険金の支払時期が到来しないとすることは明らかに不当であるから、原告らの通知後遅くとも六〇日以内に保険金支払債務の履行期が到来し、被告はその翌日(平成七年三月二四日)から遅滞に陥ると解するのが相当である。

2  よって、原告らの請求は、本件火災によって生じた損害につき、被告に対し保険金とこれに対する平成七年三月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却し、民訴法六一条、六四条、二五九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 白井博文)

〈以下省略〉

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